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直接民主制を取り入れたアテネでは

直接民主制を取り入れたアテネでは、雄弁術と弁証法、修辞学は、市民権をもった男子の必須の社会的スキルとなり、またそれを教える教師たち、ソフィストは、アテネの黄金時代に最も好まれた職業でもあった。ソフィストと教育的な姿勢のあり方で対立したソクラテスは、その営業を妨げるものとして裁判にかけられ、最後は自ら毒酒をあおった。

ソクラテスの弟子にプラトン、そのまた弟子にアリストテレスがいる。それぞれ、アカデメイア、リュケイオンという私塾、のちに歴史に名を残す学校を創立した。プラトンは永遠のイデアを求めるエロースを強調し、永遠なるものの影に過ぎない現実よりも、イデアを観照することを説いた。しかし、その個人の資質は持って生まれたもので、個々その資質に合った生活が望ましいとし、現実的な自己実現のための自由な教養と、年齢段階にあった、読み書き、図画、体育、音楽、文法、修辞学、数学などの学びを進める弟子のアリストテレスとは好対照をなした。これはバチカンのサン・ピエトロ大聖堂にあるルネサンスの画家ラファエロの「アテナイの学堂」に象徴的に描かれている。プラトンは、レオナルド・ダ・ビンチ、アリストテレスはミケランジェロをモデルとして描かれていることにも注意を喚起しておくべきだろう。
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その後、地中海の文化圏を制したローマは、もとが農耕民族で、社会生活だけでなく子供の教育でも家父長である父親の権威が強く支配的であった。母親は父親の協力者として、子供を保護し、養育する役割を担った。

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2009年09月27日 01:17に投稿されたエントリーのページです。

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