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融即律

融即律(ゆうそくりつ)とは、自分達のことを器物・生物・現象と同一化してしまうという未開人特有の心性の原理をいい、フランスの民俗学者レヴィ=ブリュルがその著書『未開社会の思惟』において、未開人の心性が現代人と本質的に異なることを示すために導入した概念である。

融即律の下で未開人の心に捉えられた器物・生物・現象は「(現代人に)理解しがたい仕方により、それ自身であると同時にまたそれ自身以外のものでもあり得る。また同じく理解しがたい仕方によって、それらのものは自ら在るところに在ることを止めることなく、他に感ぜしめる神秘的な力、効果、性質、作用を発し或いはそれを受ける」という。神秘的融即と呼ばれることもある。たとえば、自分達が金剛いんこであると云っている北部ブラジルの未開部族の場合、金剛いんこは自身に与えた名前ではなく、金剛いんことの類縁関係を意味しているのでもなく、本質的に自分たちは金剛いんこと同一であると考えているという。

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このレヴィ=ブリュルの理論は、その後、文化人類学の調査研究によって否定されるに至り、レヴィ=ブリュル自身により撤回された。後年クロード・レヴィ=ストロースは『野生の思考』において、未開人の思考と現代人の思考は本質的に異なるものではないと論じ、論理的思考に情緒内容が伴うことがあるのは未開人にも現代人にも等しくみられる心性であって、融即は未開人に特有の心性というにあたらないし、わざわざ融即と呼ぶ必要もないとしている。

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2009年09月16日 01:41に投稿されたエントリーのページです。

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